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怖い夜を生き延びた。助けてくれた人に感謝した。普通なら、ここでほっとして本を閉じたくなるところです。
ところが、小泉八雲の「死骸にまたがる男」は、その終わり方に語り手が不満を示すんです。
えっ、助かったら、それでめでたしじゃないの?
男の命が助かったことと、彼が離縁した女との間に起きたことが解決したかは、別の問いとして残ります。本文には、女が男を赦したという言葉も、男がその後に償ったという説明もありません。
今回は、英語原文の「The Corpse-Rider」を、冒頭から最後の付記まで読みます。収録元は『影』(Shadowings)。『怪談』(Kwaidan)の一編と混ぜずに見ていこう。結末まで触れるので、まず作品だけを楽しみたい人は、先に本文を読んでから戻ってきてね。
日本語で読む候補には、上田和夫訳の新潮文庫『小泉八雲集』があります。記事の説明は公開された英語原文に基づく独自の日本語で、同書の訳文を転載したものではありません。
女の死から始まるのに、追うのは男の恐怖。最初の視点を覚えておこう
物語は、女の体が冷え、心臓も止まっているという描写から始まります。けれど、埋葬の話は進みません。女は離縁された悲しみと怒りから死んだと説明され、人々は、復讐を願う死者を墓へ入れても抑えられないと考えています。
近所の人たちは、自分たちの家からも逃げていきます。女が、離縁した男の帰りを待っていると知っているからです。最初から、男一人だけの怖がり方ではなく、周りにも恐れられている存在として女が置かれています。
そこへ、旅に出ていた男が帰ってくる。事情を聞いた男が最初に考えるのは、夜までに助けを見つけなければ自分が殺される、ということです。
ここ、気になるんだよね。女が何をどれほど悲しんだのかを、女自身が長く語る場面では始まりません。女の死を説明した後、物語は男がどう助かろうとするかへ進んでいきます。
男は陰陽師に助けを求めます。陰陽師は女の話を知っていて、すでに遺体も見ています。危険は大きい、救う道は一つだけ、しかもひどく恐ろしい方法だ、と告げる。そして、何を言われても従うと約束できるなら、日没前に戻るよう求めます。
方法を先に全部聞いてから選べるわけではないんです。男は恐れながらも、従うと約束する。読む側にも、具体的に何をさせられるかは、この段階ではまだ分かりません。
夕方までに行動するという期限と、内容を知らずに従うという約束。夜が来るのを待つだけの話より、読む側の緊張も一段上がる組み立てになっています。これは、情報を出す順序からの読み取りです。
最初の数段落へ戻る時には、女の状態、近所の反応、男が求めたことを分けて見てみよう。女に何が起きたかと、男に何が起きそうかが、そこで入れ替わっています。その違いが、最後の不満を読む時にも残ります。
助かる条件は、女から離れることではない。怖さの中心へ座らされるんだ
日没、陰陽師は男と一緒に、女が横たわる家へ行きます。男は震えて、中へ入ることも、女を見ることもできないと言います。
なのに、求められるのは、もっと近づくこと。うつぶせの遺体にまたがって座り、髪を左右の手に分けて持ち、しっかり握っていなければなりません。
ひゃあ……離れて隠れればいい話じゃなかった!
これが、題名の「またがる」につながる場面です。怖い物からできるだけ遠ざかりたい男が、その体に直接触れ続けることを、助かるための条件として示されます。助かりたい行動と、避けたい行動が重なるのが、この場面の強いところです。
陰陽師が繰り返す条件は、朝まで髪を離さないこと。何が起きても、ほんの短い間でも手を放してはいけない、と念を押します。ここでは、男が女を説得する方法や、謝罪の言葉を習う流れにはなっていません。
その後、陰陽師は女の耳へ何かをささやき、自分自身のためにも立ち去らねばならないと言って、戸を閉めて去ります。助ける人が、夜の間ずっと横にいてくれるわけではないんだね。
このささやきの内容は、本文で具体的に教えられません。「何という呪文なら同じ結果になるのか」を調べる説明ではなく、男にも読者にも分からない部分を残した場面です。分からない言葉を、あとからこちらで補う必要はありません。
読む時には、約束の中身がどのように具体化したかを追うと、緊張の進み方が見えます。昼は、言われたことに従う約束。夕方には、遺体へまたがるという行動。そして夜には、動きがあっても髪を離さないという持続の条件になります。
一度だけ勇気を出して中へ入れば終わり、ではない。入った後に、ずっと続けなければいけないことがあるんです。
ただし、それを男が反省のために受けた行為だとは、本文から決められません。ここまでに示されているのは、命を助けてもらうための約束です。「怖いことをしたから、もう償った」と読み替える前に、誰が何のために決めた条件かを見ておきたいです。
遺体のそばでの約束を読み返すために、『小泉八雲集』の取扱いを確認する
走り出す女は、男を背負って男を探す。見えない夜を音で追ってみよう
男は何時間も、恐怖の中で遺体にまたがり続けます。静けさが深まると、その静けさを破るために叫んでしまう。
すると、体が跳ねる。女は立ち上がり、戸を開き、外へ走り出します。男を背中に載せたままです。
女は重さを感じています。それでも、あの男を連れてくるという趣旨の言葉を発する。探している男は、もう背中にいるのに。
ここ、ただ怖いだけでなく、妙なねじれもある場面です。読者は男の位置を知っている。男自身も、今どこにしがみついているかを知っている。けれど、女の言葉と動きは、その位置を知らないように進みます。
陰陽師のささやきが具体的にどう働いたのかは、説明されません。だから「この術は視覚を消す仕組み」といった詳しい設定まで作らず、本文で確かめられる言葉と動きのずれとして読もう。
男は目を閉じ、髪を握り続けます。どこまで連れていかれたかは分からず、何も見ません。聞こえるのは、暗がりで裸足が立てる音と、女の息遣いです。
夜道の風景を細かく描いて見せる場面ではないんだね。もし読者が「どこへ行ったのだろう」と思っても、男の閉じた目からは、その答えが出てきません。その代わり、走る足と息の音が、動き続けていることを伝えます。
最初は静かすぎて叫んだのに、今度は、声を漏らすこともできないほど怖い。男の声が出る場面と、出なくなる場面を並べると、怖さの形の変化も見えてきます。
やがて女は同じ家へ戻り、最初と同じように床へ横たわります。それでも、男の夜はすぐ終わりません。女は鶏が鳴き始めるまで、息を荒らし、うめき続けます。
外を走り終えた時と、動かなくなる時が、少しずれているんです。読み急ぐと、一度帰宅した所で危機が終わったように感じるかもしれないけれど、男は朝までそこから離れられません。
また、叫んだ直後に女が動いたことは本文にありますが、叫ばなければ何も起きなかった、と別の結末まで断定することはできません。起きた順番と、起きなかった場合の想像は分けておこう。この話を読み返すなら、その区別を持ったまま、静けさから疾走へ変わる一箇所をもう一度追ってみたいです。
朝、助かった男にほっとする。でも語り手は、その結末に納得していない
朝になると、陰陽師が戻ってきます。髪を離さなかったことを喜び、男へ立ち上がってよいと伝える。そして、今後は女の復讐を恐れなくてよい、と言います。
男の命が助かったという筋では、ここで危機が収まります。夜の恐怖に付き合って読んできた側も、ようやく体を起こせる場面です。
陰陽師は、最初から男を助けるために動いていました。朝の満足は、その目的がかなったことへの反応です。けれど、直後に語る声は、別の基準でその結果を見ています。助命に成功した人の評価と、話を語る人の評価が、ここで分かれるんです。
ところが、そのすぐ後で語り手が入ってくるんです。この結末は、道徳的な意味で満足できるものではない、と。
あ、ここで止めるんだ。
男が感謝して終わるだけの物語としては、そのまま閉じさせてくれません。語り手は、男が正気を失ったとも、髪が白くなったとも記されていないと述べ、涙を流して陰陽師に感謝したという結びを取り上げます。
髪が白くなったとも書かれない、という言い方は、夜を越えた代償に読者の目を向けます。語り手がそのような結果をわざわざ挙げるので、男が助かった後に何を負ったのか、という問いが生まれます。ただし、実際にそうなったというあらすじへは変えずに読みたいです。
男には怖い一夜があった。けれど、その一夜を生き延びたことだけで、女の死まで片付いたことになるのだろうか。最後の語り手の声は、その問いを読者にも戻すように読めます。
これは本文の事実と、そこからの解釈を分けたい所です。事実としてあるのは、男が助かり、陰陽師へ感謝し、語り手が結末を不満だとすること。女が赦した、男が悔い改めた、女の願いが別の形で報われたという説明はありません。
だから、男は一晩苦しんだから十分に罰を受けた、と読む人がいても、それが作品内で確定された答えとはしません。むしろ、その判断へ語り手が異議を差し挟む形になっています。
逆に、「この男は必ず後で不幸になる」と、記されていない続きを付ける必要もないよ。物語が選んだのは、報いの場面を追加する方法ではなく、この終わり方はどうなのかと語り手が口を出す方法です。その選び方が、後味を変えています。
怪異の正体が分かったら終わり、と読む時とは、最後に残る疑問が違うんだね。髪を放さない仕組みが気になった人も、朝以降まで読むと、今度は助かった人物をどう受け止めるかへ戻されます。
結末の語り手の声まで読みたい人へ、「死骸にまたがる男」収録の一冊
孫が生きているという付記まである。その「続き」を、誰の側から見る?
語り手の不満の後に、さらに付記が紹介されます。元になった日本語の話には、男の孫がなお生きていて、陰陽師の孫もある村に住んでいるとする記述がある、というのです。
夜を越えた二人の男について、話はその後の世代まで延びている。けれど、女のその後の声はここにもありません。
この付記まで読んでから冒頭へ戻ると、女の死から始まった話が、助かった男と陰陽師の家系の話へつながっていることに気付きます。誰が生き延び、誰の続きが語られているか。その偏りを、語り手が不満を表す流れと一緒に考えられます。
ただし、孫がいると書かれたことから、男がいつ再婚したのか、誰と暮らしたのかまで分かるわけではありません。書かれていない家族の事情を、こちらで埋めずに残しておこう。
さらに末尾では、その村名が語り手の時点での日本の地名案内には見つからず、町村名は話が書かれて以来変わってきたとも説明されます。これを、今その村へ行けば出来事の証拠が見られる、という観光案内にはしません。
少し前の文章にある「今」と、この記事を読む私たちの今も、同じ日付ではないんです。怪談の付記に実在らしい手がかりがあっても、現代の所在確認を済ませたことにはならない。作品に残された情報として読むのが、ここでの範囲です。
読み終えて感想を残すなら、最初からあらすじを全部写すより、助かった朝の一箇所を選んでみよう。「安心したけれど、女のことは残った」と思ったなら、陰陽師の言葉と、その後の語り手の不満を並べて考える。怖かった場面だけで感想を閉じなくてよくなります。
今回本文を確認したのは、Project Gutenbergが公開するShadowingsの英語原文の「The Corpse-Rider」です。日本語の題名と購入候補の収録は、新潮社『小泉八雲集』の公式目次で確認しました。
新潮文庫の同書は小泉八雲著、上田和夫訳、ISBN9784101094014です。出版社の目次では『影』のまとまりに「死骸にまたがる男」が載っています。『怪談』という題名の本なら必ずこの作品も入っている、と選ばず、収録作まで見てね。
上田和夫訳・ISBN9784101094014の『小泉八雲集』を楽天で確認する
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さあ、男が助かった朝を、もう一度思い出してみよう。助かったこと自体は分かる。それでも、その結末でいいのかと口を挟む声が残る。
怖かったーー、の後に、え、でもさ、と話したくなる。この短い物語は、その返事を、最後の付記まで読んだこちらへ渡してくるように思います。