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店を繁盛させた若者が、なぜその家の女主人から憎まれるのか。
小泉八雲の『生霊(いきりょう)』では、若者の不正が暴かれるのではなく、女主人が「いつか息子の財産を奪うかもしれない」と恐れていたことが明らかになります。仕事ができる。その同じ長所が、店主の喜びと妻の不安に分かれているんです。
ここから結末まで触れます。田部隆次訳の公開本文をもとに、何が起こり、最後に何を変えたのかを読みます。
恋の悩みだろうか。叔父の見立ては、甥の言葉で変わる
瀬戸物店の番頭、六兵衞は、店を助けるために自分の甥を呼び寄せます。番頭は店を取り仕切る人のこと。甥は商売に優れ、店はさらに盛んになります。
ところが、働き始めて七か月ほどで、若者は重い病気になってしまう。叔父は、誰かを思う恋の悩みではないかと考え、相談に乗ろうとします。
若者が明かすのは、恋しい相手のことではありません。女のまぼろしにつきまとわれ、眠れないという訴え。そして、その女は死者ではなく、この店の女主人だと言うんです。
ここで問いが変わります。誰を思っているのか、ではなく、なぜ女主人が、店に貢献している若者を憎むのかへ。叔父にも、まだ理由が分かりません。
女主人が語るのは、起きた盗みではなく、先への恐れ
話を聞いた店主は妻に事情を尋ねます。妻が恐れていたのは、利口な手代が、お人よしの一人息子をだまし、財産を奪ってしまうことでした。手代は商店で働く使用人を指し、ここでは若者の立場です。
でも、それは妻が思い描く将来の出来事。店主の言葉では、若者は悪く思われるようなことを何一つしていません。
怖さは、誰かの悪事に罰が下るだけの話ではないところです。役立っているはずの能力が、別の人からは脅威と受け取られている。そう読むと、最初の商売繁盛の場面まで違って見えてきます。
結末で店主がするのは、若者と叔父を別の町の支店へ移すこと。店での関係と働く場所を変えたあと、生霊は現れなくなり、若者は健康を回復します。
二人が心から和解した場面は書かれていません。そこまで補わず、「何を変えたら物語が終わったのか」に注目すると、最後の支店の意味が残るね。
本文出典:青空文庫・田部隆次訳『生霊』
本で読むなら、訳者の違いも一緒に確認
新潮文庫『小泉八雲集』には、出版社の目次に「生霊」があります。こちらは上田和夫訳。この記事で読んだ田部隆次訳とは、言葉づかいが同じとは限りません。
気になる場面を紙の本で追いたい人や、『常識』『茶碗の中』など、同じ本の別の話にも進みたい人の候補です。
書誌・収録作の確認:新潮社の公開目次
読み返すなら、まず叔父が甥へ話を聞くところから。相手を助けたい気持ちはあっても、最初の見立てでは苦しみの理由へ届かなかった。そのやり取りを経て、最後の具体的な手立てへ進む流れを追ってみてね。