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小泉八雲が気になって『怪談』を開いたら、「かけひき」という短い話にも目を止めてみて。ここからは結末まで触れます。処刑の場面を含む作品です。
死後に復讐すると宣言した男が、首を落とされた後、本当に石へかみつく。そんな出来事を見たら、周りが怖がるのも分かるよね。
ところが主人は、男の最後の目的を、復讐から石へかみつくことにそらしたのだと説明します。家臣たちにとっては復讐の予告、主人にとっては済んだこと。 その違いが「かけひき」の読みどころです。
本文はProject Gutenbergに公開された英語原文の「DIPLOMACY」を読んでいます。以下はその内容の説明と、この記事での読み取りです。
主人が出したのは、復讐する力を見せるための課題だった
処刑を前に、男は自分の過ちは故意ではなかったと訴え、殺されれば復讐すると告げます。主人はそこで、死んだあとに怨みの強さを示せるかと問い、目の前の飛び石へかみつくよう持ちかけます。
男は、その課題を引き受ける。そして処刑後、首は実際に石へかみつきます。
ここだけ読むと、主人が試したせいで、男の恐ろしい力が証明されてしまったようにも見える。家臣たちが何か月も怯えるのは、この出来事を目撃したからなんです。
風や庭の影まで恐ろしくなる家臣たち。最後には、霊のための仏教の法要を行ってほしいと、主人へ願い出ます。
でも主人は、必要ないと答える。えっ、あの場面を同じように見たのに? ここで、もう一度、主人が男へ何をさせたかを読み返したいんです。
「石へかみつく」が最後の目的になった、という主人の説明
主人の説明では、恐れるべきなのは男の最後の意志。そこで、復讐へ向いていた心を「石へかみつく」という目的にそらしたのだといいます。その目的はすでに果たされ、ほかのことは忘れたはずだ、と。
原文の結末も、その後は何も起こらなかったと締めくくります。
ここが、石へかみついた場面の意味を変えるところだと思います。家臣たちには、これからの復讐を予告する出来事に見えた。主人は、最後の目的がそこで済んだと説明する。同じ出来事なのに、未来への予告と、完了した行為に分かれるんだね。
ただ、これは作品の中での説明です。現実の心や霊が同じ仕組みで動くと証明する話ではありません。また、主人の判断が巧みだからといって、男の訴えや処刑の重さが消えるわけでもない。その冷たさまで残るので、単純に「頭がいい人が勝つ話」とは閉じにくいです。
日本語の本で読みたいなら、新潮社の公開目次で「かけひき」の収録を確認できる、上田和夫訳『小泉八雲集』が候補です。この記事で、その日本語訳の本文まで読んだという意味ではありません。
読み終えたら、石へかみつくよう持ちかける場面へ戻ってみて。最初は力試しに見えた一言が、結末を知ったあとでは違って聞こえる。短い話なのに、戻る場所がはっきり残るんです。